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弁道話(五)問答三 修証一等#

『弁道話』の問答のうち問7〜問9。すでにさとった人に坐禅は要るのか、という問いに道元禅師が「修証一等」を示し、続いて、なぜ先人はこの法を伝えなかったのか、という問いに答える段です。

原文#

【1】(問7)とふていはく、この坐禅の行は、いまだ仏法を証会せざらんものは、坐禅辦道してその証をとるべし。すでに仏正法をあきらめえん人は、坐禅なにのまつところかあらん。

【2】(答7の一)しめしていはく、癡人のまへにゆめをとかず、山子の手には舟棹をあたへがたしといへども、さらに訓をたるべし。

【3】(答7の二)それ修証はひとつにあらずとおもへる、すなはち外道の見なり。仏法には、修証これ一等なり。いまも証上の修なるゆゑに、初心の辦道すなはち本証の全体なり。かるがゆゑに、修行の用心をさづくるにも、修のほかに証をまつおもひなかれとをしふ。直指の本証なるがゆゑなるべし。すでに修の証なれば、証にきはなく、証の修なれば、修にはじめなし。ここをもて、

【4】(答7の三)釈迦如来・迦葉尊者、ともに証上の修に受用せられ、達磨大師・大鑑高祖、おなじく証上の修に引転せらる。仏法住持のあと、みなかくのごとし。

【5】(答7の四)すでに証をはなれぬ修あり、われらさいはひに一分の妙修を単伝せる、初心の辦道すなはち一分の本証を無為の地にうるなり。しるべし、修をはなれぬ証を染汚せざらしめんがために、仏祖しきりに修行のゆるくすべからざるとをしふ。妙修を放下すれば本証手の中にみてり、本証を出身すれば妙修通身におこなはる。

【6】(答7の五)又まのあたり大宋国にしてみしかば、諸方の禅院みな坐禅堂をかまへて、五百六百、および一二千僧を安じて、日夜に坐禅をすすめき。その席主とせる伝仏心印の宗師に、仏法の大意をとぶらひしかば、修証の両段にあらぬむねをきこえき。

【7】(答7の六)このゆゑに、門下の参学のみにあらず、求法の高流、仏法のなかに真実をねがはん人、初心後心をえらばず、凡人聖人を論ぜず、仏祖のをしへにより、宗匠の道をおふて、坐禅辦道すべしとすすむ。

【8】(答7の七)きかずや祖師のいはく、修証はすなはちなきにあらず、染汚することはえじ。又いはく、道をみるもの、道を修すと。しるべし、得道のなかに修行すべしといふことを。

【9】(問8)とふていはく、わが朝の先代に、教をひろめし諸師、ともにこれ入唐伝法せしとき、なんぞこのむねをさしおきて、ただ教をのみつたへし。

【10】(答8)しめしていはく、むかしの人師この法をつたへざりしことは、時節のいまだいたらざりしゆゑなり。

【11】(問9)とふていはく、かの上代の師、この法を会得せりや。

【12】(答9)しめしていはく、会せば通じてん。

現代語訳#

段落番号【1】〜【12】は原文の段落番号と対応します。(問7)〜(答9)の小見出しは、読みやすさのために付けたもので、原文にはありません。( )内は、原文にない語を補ったものです。仏教語・固有名詞は訳さずに残し、必要に応じて段落の後に「語注」として説明しました。

【1】(問7)問うて言う。この坐禅の行は、まだ仏法を証会していない者であれば、坐禅辦道して、その証を得るべきであろう。(しかし、)すでに仏の正法を明らめ得た人にとっては、坐禅は何を待つところ(、何のために坐るということ)があろうか。

語注

  • とふていはく:問うて言う。問いの段の書き出しの語。
  • 証会:さとり、それと一つになること。
  • 坐禅辦道:坐禅して仏道に力を尽くすこと。「辦道」は「弁道」と同じ。
  • 証:さとり。
  • 仏正法:仏の正しい法。
  • あきらむ:明らかにする、見きわめる。ここでは仏法をさとること。
  • まつところ:待つところ。期待するもの、目的とするもの。

【2】(答7の一)示して言う。「愚かな人の前では夢を語らない」「山子の手には舟の棹を与えがたい」(と言われる)けれども、あえてさらに教えを垂れよう。

語注

  • しめしていはく:(答える者が)示して言う。答の段の書き出しの語。
  • 癡人のまへにゆめをとかず:愚かな人の前で夢の話をしない。夢を事実と取り違えるおそれがあるように、受けとめる力のない者には深い話をしないほうがよい、ということわざ。
  • 山子:山に住む人、きこり。
  • 山子の手には舟棹をあたへがたし:山の人に舟の棹を持たせても使いこなせない。その人の手に合わないものは与えがたい、ということわざ。
  • この二つのことわざは、晋代の詩人陶淵明に由来するとされる中国のことわざ(「癡人面前不可説夢」「山子手不可與舟棹」)を和文にしたもの(宗務庁版英訳による)。
  • 訓をたる:教えを垂れる、教え示す。

【3】(答7の二)そもそも、修と証とが一つではないと思うのは、とりもなおさず外道の見である。仏法では、修と証とは一等である。いまも(この坐禅は)証上の修であるから、初心の辦道が、そのまま本証の全体である。それゆえ、修行の用心を授けるにも、「修のほかに証を待つ思いをもってはならない」と教える。(修そのものが)直指の本証だからであろう。すでに修の証であるから、証には際(かぎり)がなく、証の修であるから、修には始めがない。こういうわけで、

語注

  • 修証:修(修行)と証(さとり)。
  • 外道の見:仏法の外の教え(外道)の見解。誤った見方のこと。
  • 修証一等:「修証これ一等なり」。修と証とが一つであり、等しいこと。修行はさとりへ至るための手段で、さとりはその先に得られる結果である、という見方を退ける語。本巻の中心となる語の一つで、詳しくは解説で扱う(→読みの分かれるところ)。
  • 証上の修:証(さとり)の上での修(修行)(本書第一回の語注「証上」参照)(→読みの分かれるところ)。
  • 初心:はじめて(さとりを求める)心をおこしたとき。修行の初めの段階。
  • 辦道:仏道に力を尽くすこと。「弁道」と同じ。
  • 本証:本来の証(さとり)。
  • 用心:心がけ、心得。
  • 直指:(言葉や段階を経ずに)じかに指し示すこと。宗務庁版英訳の注は「直指の本証」を、禅の師がじかに指し示す、本来そなわる証であって、修行がそれそのものであること、と説明している。
  • きは:際、はて、限り。
  • 「ここをもて、」(こういうわけで)は、文としては次の【4】に続く。

【4】(答7の三)釈迦如来・迦葉尊者は、ともに証上の修に受用せられ、達磨大師・大鑑高祖も、同じく証上の修に引転せられた(引かれ、導かれた)。仏法を住持してきた(仏祖たちの)あとは、みなこのとおりである。

語注

  • 釈迦如来:釈迦牟尼仏。
  • 迦葉尊者:摩訶迦葉。釈尊の法を嗣いだ第一祖。
  • 受用:受けて用いること。ここは「受用せられ」と受身の形で、「証上の修を受けて用いた」と取るか、「証上の修によって受用された」と取るかで訳が分かれる。訳文は原文の語を残した。
  • 達磨大師:菩提達磨。インドから中国に禅を伝えた祖師。
  • 大鑑高祖:中国禅の第六祖、慧能(宗務庁版英訳による)。「高祖」は祖師を尊んでいう語。
  • 引転:引かれ、転ぜられること。ここでは(証上の修に)引かれ導かれた、の意に取った。
  • 住持:仏法の中に住して、それを保ち持つこと。
  • あと:跡、足跡。歴代の仏祖が残したありさま。

【5】(答7の四)すでに証を離れない修がある。われわれは幸いに一分の妙修を単伝しているので、初心の辦道が、そのまま一分の本証を無為の地に得るのである。知るべきである、修を離れない証を染汚させないために、仏祖はしきりに、修行をゆるめてはならないと教える。妙修を放下すれば、本証が手の中に満ちており、本証を出身すれば、妙修が通身に行われる。

語注

  • 一分:一部分、ひとかけら。宗務庁版英訳の注は「一分の妙修」「一分の本証」の訳を仮のものとし、「一分」を「自分の分としての、まるごと」の意に取るほうがよいかもしれないとしている(→読みの分かれるところ)。
  • 妙修:たえなる修行。証と一つである修行をたたえていう語。
  • 単伝:師から弟子へ、ただ一筋にまっすぐ伝えること。
  • 無為の地:作為やはからいのない境地。宗務庁版英訳の注は、修行の道の到達点としての涅槃の境地と、因縁によって生じたものの根底にある絶対の地、との二つの意味をあげている。
  • 染汚:けがすこと。ここでは、証を修と別のものとして求めたり、得たものとして握ったりして、修を離れない証をそこなうこと、の意に取った。
  • ゆるくす:ゆるめる、おろそかにする。
  • 放下:手放すこと、捨て置くこと(→読みの分かれるところ)。
  • 出身:(そこから)身を抜け出すこと。
  • 通身:全身、からだ全体。

【6】(答7の五)また、(私が)目の当たりに大宋国で見たところ、諸方の禅院は、みな坐禅堂を構えて、五百人、六百人、さらには一、二千人の僧を住まわせて、日夜に坐禅を勧めていた。その(禅院の)席主となっている伝仏心印の宗師に、仏法の大意を尋ねたところ、修と証とは両段(二つの別の段階)ではないという旨を聞かされた。

語注

  • 大宋国:中国の宋。道元禅師は宋に渡って修行した。
  • 禅院:禅の寺院。
  • かまへて:構えて、建てて。
  • 安ず:(僧を)住まわせる、安置する。
  • 席主:(禅院の)主の席にある者。住持、長老。宗務庁版英訳の注は、これらの禅院で指導者と仰がれていた、法の系譜を正しく受け継ぐ師を指すとしている。
  • 伝仏心印:仏心印(仏の心の印、仏法の本質)を伝えること。
  • 宗師:(一宗の)根本となる師。
  • 大意:根本の趣旨。
  • とぶらふ:たずねる、問う。
  • 両段にあらぬ:両段(二つの別の段階)ではない。
  • きこゆ:ここでは「聞かされる」「うかがう」の意に取った。

【7】(答7の六)このゆえに、門下の参学(の者)だけでなく、求法の高流(法を求めるすぐれた人々)や、仏法の中に真実を願う人に、初心・後心を選ばず、凡人・聖人を論ぜず、仏祖の教えにより、宗匠の道を追って、坐禅辦道すべきであると勧める。

語注

  • 門下:(師の)門に入った者、門弟。
  • 参学:師について仏道を学ぶこと。
  • 求法:法を求めること。
  • 高流:すぐれた人々。
  • 初心後心:修行を始めたばかりの者と、修行の進んだ者。
  • 凡人聖人:凡夫(ふつうの人)と聖者。
  • 宗匠:(仏法の)正しい教えを伝える師匠。
  • おふ:追う。従って進むこと。

【8】(答7の七)聞いていないのか、祖師が言うには、「修証は無いのではない。(ただ)染汚することはできない」と。また言う、「道を見る者は、道を修する」と。知るべきである、得道の中で修行すべきであるということを。

語注

  • 祖師のいはく、修証はすなはちなきにあらず、染汚することはえじ:六祖慧能と、その弟子南嶽懐譲との問答における懐譲の言葉(「修証即不無、染汚即不得」)を和文にしたもので、道元禅師が深く愛した語(宗務庁版英訳による)(→読みの分かれるところ)。
  • 道をみるもの、道を修す:司空本浄の偈(『景徳伝灯録』所収)の初めの句を和文にしたもの。偈の全体は、かえって修行の必要を問う内容である(宗務庁版英訳による)。
  • 得道:道を得ること、さとりを得ること。
  • 得道のなかに修行すべし:さとりを得たあとに修行が要らなくなるのではなく、得道の中でこそ修行する、の意に取った。問7「すでに仏正法をあきらめえん人は、坐禅なにのまつところかあらん」への答の結びにあたる。

【9】(問8)問うて言う。わが国の先代に、教えを広めた諸師は、みな入唐伝法したとき、どうしてこの旨をさしおいて、ただ教えだけを伝えたのか。

語注

  • わが朝:わが国、日本。
  • 先代:前の時代。
  • 教:経論の教え。経典とその注釈・論書にもとづく教学。
  • 入唐伝法:唐(中国)に入って法を(学び、日本に)伝えること。具体的に誰を指すかは、本文には示されていない。
  • このむね:この旨。【3】〜【8】で述べた、修証一等・坐禅辦道の趣旨。

【10】(答8)示して言う。昔の人師がこの法を伝えなかったのは、時節がまだ到来していなかったからである。

語注

  • 人師:人々の師、人を導く師。
  • この法:坐禅辦道の法。
  • 時節:時、時機(→読みの分かれるところ)。
  • 宗務庁版英訳の注は、六十巻本系のテキストでは、この答の文が大きく異なり、「昔の人師がこの法を伝えなかったわけは、昔の人に問うべきである。私は今の人である」という趣旨になっていることを挙げている。

【11】(問9)問うて言う。あの上代の師たちは、この法を会得していたのか。

語注

  • 上代の師:昔の時代の師。【9】の「先代に教をひろめし諸師」を指す。
  • 会得:理解して自分のものにすること。

【12】(答9)示して言う。会得していたならば、(この法を)通じた(伝えた)であろう。

語注

  • 会す:会得する、理解する。
  • 通ず:(ここでは)通じる、伝える、広める、の意に取った(→読みの分かれるところ)。
  • てん:「…ただろう」と推量する言い方。

解説#

はじめに――問4〜問6から、問7へ#

前回の段では、坐禅を何かと「比べる」ところから出てくる三つの問いを読みました。ほかの諸宗の教えと比べて何がすぐれているのか(問4)、坐禅は三学・六度の一つにすぎないのではないか(問5)、なぜ四儀のうち坐だけなのか(問6)。禅師はそのいずれにも、比べることから一歩身を引き、「このほかにたづぬべからず」(本書第四回)と、坐ることそのものへと問う人を連れ戻しておられました。

今回の問7は、向きが少し変わります。問う人はもう坐禅をほかと比べてはいません。坐禅がさとりを得るための行であることは認めたうえで、こう尋ねます。まださとっていない人が坐禅をするのはわかる。では、すでにさとった人は、坐禅によって何を待つのか、と。

この問いに答えて、禅師は、弁道話の中でもとりわけよく知られた言葉を示されます。

「それ修証はひとつにあらずとおもへる、すなはち外道の見なり。仏法には、修証これ一等なり。いまも証上の修なるゆゑに、初心の辦道すなはち本証の全体なり。かるがゆゑに、修行の用心をさづくるにも、修のほかに証をまつおもひなかれとをしふ。直指の本証なるがゆゑなるべし」(原文【3】)。

「修証一等」、修行とさとりとは一つである。これは、弁道話の中心にある教えの一つであり、この段の題もこの言葉から取られています。問1から問6までの問答で、禅師は、なぜ坐禅なのか、坐禅は何であるのかを語ってこられました。問7では、坐禅と、その坐禅によって得られると思われている「さとり」との関係そのものが問われます。ここで示される答えは、それまでの問答の答えを、いわば根のところで支えるものだと言ってよいでしょう。

今回の段では、次の三つの問答を読みます。

  • 【1】〜【8】(問7、答7の一〜七) すでにさとった人に坐禅は要るのか
  • 【9】〜【12】(問8・問9、答8・答9) なぜ先人はこの法を伝えなかったのか

問7への答えは七つの段落にわたる、弁道話の問答の中でも長い答えです。問8・問9への答えは、それとは対照的に、ごく短いものです。

問7「すでにさとった人に坐禅は要るのか」〔答7の一〜七〕#

問う人の問い(【1】)#

「とふていはく、この坐禅の行は、いまだ仏法を証会せざらんものは、坐禅辦道してその証をとるべし。すでに仏正法をあきらめえん人は、坐禅なにのまつところかあらん」(原文【1】)。

この坐禅の行は、まだ仏法をさとっていない者であれば、坐禅して道に励み、そのさとりを得るべきであろう。けれども、すでに仏の正法を明らめた人にとっては、坐禅は何を待つところがあるのか、と。

この問いは、とても筋の通った問いに聞こえます。薬は病を治すために飲むものであって、病が治ればもう飲む必要はない。舟は川を渡るためのものであって、向こう岸に着けば舟を降りる。それと同じように、坐禅がさとりを得るための手だてであるならば、さとりを得た人には、もう坐禅は要らないはずだ、というのです。

けれども、この問いの中には、一つの前提がひそんでいます。それは、坐禅(修)はさとり(証)を得るための手段であり、さとりはその先にある目的である、という前提です。修が先にあり、証が後に来る。修は証に至るまでの道のりであり、証に着けば道のりは終わる。私たちがふだん、何かを学んだり、技を身につけたりするときの考え方も、多くはこの形をしています。試験に受かるために勉強し、受かれば勉強をやめる。そうした考え方になじんでいる私たちにとって、この問いは、自分自身の問いでもあるのではないでしょうか。

禅師の答えは、この前提そのものを問い直すものになっています。

癡人のまへにゆめをとかず(【2】答7の一)#

答えは、二つのことわざから始まります。「癡人のまへにゆめをとかず、山子の手には舟棹をあたへがたしといへども、さらに訓をたるべし」(原文【2】)。

愚かな人の前では夢の話をしない。山の人の手には舟の棹を与えがたい。そう言われるけれども、あえてさらに教えを垂れよう、と。宗務庁版英訳の注では、この二つは、晋代の詩人陶淵明に由来するとされる中国のことわざを和文にしたものとされています。

夢の話を、夢と知らずに事実と受けとってしまう人には、夢の話はしないほうがよい。舟の棹を使ったことのない人に棹を渡しても、使いこなせない。これから語ることは、受けとめる用意のない人には、かえって誤解されかねない、という前置きです。

けれども禅師は、「といへども」と続けて、語ることをやめられません。前回までの段でも見てきたように、禅師は、問う人の疑いを退けずに、一つひとつ取りあげて答えてこられました。ここでも、なお教えを垂れようとされます。

修証一等(【3】答7の二)#

そして、答えの核心が示されます。「それ修証はひとつにあらずとおもへる、すなはち外道の見なり。仏法には、修証これ一等なり」(原文【3】)。

修と証とが一つではないと思うのは、仏法の外の見方である。仏法では、修と証とは一等である、と。

問う人は、坐禅(修)を、さとり(証)を得るための手段と考えていました。禅師は、その考え方を「外道の見」と、はっきり退けられます。修と証とを二つに分け、修を手段、証を目的とする見方は、仏法の見方ではない、というのです。

では、「一等」とはどういうことでしょうか。この言葉の受けとめ方には幅があります(→読みの分かれるところ)。修と証とが一つである(同じものである)と取ることもできますし、修と証とが等しい、つまり、どちらかが手段でどちらかが目的という上下の関係にない、と取ることもできます。また、修と証とが切り離せない一つながりのものである、と取ることもできるでしょう。宗務庁版英訳は「identical」(同一である)という言葉で訳しています。

どの受けとめ方をするにしても、ここで禅師が退けておられることは、本文から読みとることができます。それは、修が先にあり、証がその後に来る、修は証に至るための道のりにすぎない、という見方です。この段の【6】で、禅師は宋の禅院の宗師から「修証の両段にあらぬむね」(原文【6】)、修と証とは二つの段階ではない、という趣旨を聞いたと語っておられます。また、前半の自受用三昧の段にも、「もし凡流のおもひのごとく、修証を両段にあらせば」(本書第二回)という言葉がありました。修と証とを「両段」、二つの段に分けて考えること。それが、禅師がここで退けておられる見方だと受けとめてよいでしょう。

これは、坐禅をする私たちにとって、たいへん大きな意味をもつ言葉です。私たちはどうしても、坐禅を「何かを得るための方法」として考えがちです。心を落ち着けるため、集中力を高めるため、あるいは、いつかさとりを開くため。けれども禅師は、そのように坐禅を何かのための手段として考えること自体が、仏法の見方ではない、と言われるのです。

証上の修(【3】答7の二、続き)#

禅師は続けて言われます。「いまも証上の修なるゆゑに、初心の辦道すなはち本証の全体なり」(原文【3】)。

「証上の修」という言葉は、弁道話の序にも近い言い方が出ていました。「いまをしふる功夫弁道は、証上に万法をあらしめ、出路に一如を行ずるなり」(本書第一回)。いま教える功夫弁道は、証の上に万法をあらしめるものだ、と。問7の答えでは、この「証上」が、はっきりと「修」と結びつけられています。

「証上の修」をどう受けとめるかにも、幅があります(→読みの分かれるところ)。証(さとり)の上に立って行う修、と取ることもできますし、証のうえで行われる修、すなわち証そのものが現れている修、と取ることもできます。宗務庁版英訳は「practice based on verification」(証にもとづく修)と訳しています。

ここで一つ気をつけておきたいことがあります。「証の上に立って行う修」と言うと、「まず証があって、そのあとで修をする」という順序の話のように聞こえるかもしれません。けれども、そう受けとめてしまうと、今度は「証が先、修が後」という形で、やはり修と証とを二つの段に分けることになってしまいます。それでは、直前の「修証これ一等なり」と食い違ってしまうでしょう。

ですから、「証上の修」は、時間の前後を言う言葉としてではなく、修がいつも証とともにある、修がそのまま証の場で行われている、ということを言う言葉として受けとめるのが、この段の筋に沿っているように思われます。修は、証に「向かう」ものではなく、証の「上で」、証の中で行われるものだ、と。

初心の辦道すなはち本証の全体(【3】答7の二、続き)#

そうであるからこそ、「初心の辦道すなはち本証の全体なり」と言われます。

「初心」とは、はじめて道を求める心をおこしたとき、修行を始めたばかりの段階のことです。宗務庁版英訳の注は、この語が、より専門的には、菩薩の道のはじめに菩提を求める心をおこした人を指す、としています。その初心の人の修行が、そのまま「本証の全体」、本来の証のすべてである、というのです。

これは、ふつうの考え方からすると、驚くべき言葉です。私たちはふつう、はじめたばかりの人の修行は未熟で、長く修行を積んだ人の修行ほど深い、と考えます。はじめたばかりの人は、さとりからまだ遠く、年月をかけて少しずつ近づいていく、と。けれども禅師は、初心の人の修行が、本証の「一部」ではなく「全体」だと言われるのです。

この「全体」という言葉の受けとめ方にも、幅があります(→読みの分かれるところ)。初心の修行がそのまま本証のすべてである、と取ることもできますし、初心の修行に本証の全体が現れている、と取ることもできます。けれども、どちらの受けとめ方でも、初心の修行が「まだ足りない、途中の修行」ではない、ということは変わりません。

このことは、はじめて坐禅に向かう人にとって、大きな励ましとなる言葉ではないでしょうか。足がしびれ、姿勢が定まらず、心があちこちへ散ってしまう。「自分の坐禅は、まだまだ坐禅と呼べるようなものではない」と思うこともあるでしょう。けれども禅師は、その初心の坐禅こそが本証の全体だと言われます。坐禅の上手・下手、年月の長い・短いによって、坐禅の値打ちが決まるのではない。はじめて坐蒲の上に坐ったその一坐が、仏祖の坐禅と別のものではないのです。

同時に、この言葉は、長く修行を続けてきた人にとっても、大切な戒めとなるでしょう。長く坐ってきたから自分の坐禅は深まった、と思うとき、その思いは、坐禅を「積み上げていくもの」と見ていることになります。初心の坐禅がすでに本証の全体であるならば、長く坐ってきた人の坐禅もまた、いつも初心の坐禅と同じ場所に立っている。そう受けとめることもできるように思います。

修のほかに証をまつおもひなかれ(【3】答7の二、続き)#

「かるがゆゑに、修行の用心をさづくるにも、修のほかに証をまつおもひなかれとをしふ。直指の本証なるがゆゑなるべし」(原文【3】)。

それゆえ、修行の心得を授けるときにも、「修のほかに証を待つ思いをもってはならない」と教える。修そのものが、じかに指し示された本来の証だからであろう、と。

この「修のほかに証をまつおもひなかれ」という言葉は、問7の問いに、まっすぐに答えている言葉です。問う人は、「すでにさとった人は、坐禅によって何を待つのか」と尋ねました。「待つ」という言葉が、問いの中にありました(「坐禅なにのまつところかあらん」【1】)。禅師はここで、その「待つ」ということそのものを退けておられます。修のほかに、修の先に、証を待つ思いをもってはならない、と。

問う人は、坐禅を「証を待つもの」と考えていたからこそ、証を得た人には待つものがない、と考えました。けれども、坐禅は、はじめから証を待つものではない。修のほかに証はない。ですから、「証を得たから、もう坐禅は要らない」ということにはならないのです。

「直指の本証なるがゆゑなるべし」の一句は、主語をどう補うか、「直指」をどう受けとめるかに幅があります。宗務庁版英訳の注は、ここを、修行そのものが、禅の師がじかに指し示す、本来そなわる証である、という意味に取っています。修とは別のところに証があり、修がそれを遠くから指し示しているのではなく、修そのものが、そのまま証として指し示されている。そう受けとめるとき、「修のほかに証をまつおもひなかれ」という教えの意味が、いっそうはっきりしてきます。

日々の坐禅に引き寄せて言えば、これは、坐っている最中に「いつかさとりが来るのではないか」「何か特別な体験があるのではないか」と待つ心を、手放しなさい、ということでしょう。何かを待ちながら坐るとき、私たちの心は、いまここの坐禅から離れて、まだ来ない先のことへと向かっています。禅師は、その待つ心をやめて、ただ坐ること、そのことの中に証がある、と示しておられる、と受けとめることができます。「只管打坐」、ただひたすらに坐るという言葉も、このような坐禅のあり方として受けとめることができるでしょう。前回の段で、禅師が「万事を放下し、一向に坐禅するとき」(本書第四回)と言われたことも、ここに響き合っています。

証にきはなく、修にはじめなし(【3】答7の二、結び)#

「すでに修の証なれば、証にきはなく、証の修なれば、修にはじめなし」(原文【3】)。

すでに修の証であるから、証には際(かぎり)がない。証の修であるから、修には始めがない、と。

この対句は、この段の中でも、とりわけ味わい深い言葉です。「修の証」「証の修」の「の」をどう受けとめるか、「きはなし」「はじめなし」をどう受けとめるかには、いくつもの読みがあります(→読みの分かれるところ)。「修の証」を、修であるところの証、と取ることもできますし、修に属する証、と取ることもできます。宗務庁版英訳は「the verification of practice」「the practice of verification」と、原文の形をそのまま残して訳しています。

ここでは、この対句が、問7の問いへの答えとしてどう働いているかに心をとめてみましょう。

「証にきはなく」。証には限りがない、終わりがない。これは、「さとったら、そこで終わり」ということはない、ということを示しているように読めます。問う人は、証を一つの到達点、着いたらそれで終わる岸のように考えていました。けれども、証が修の証であり、修と離れないものであるならば、証は、ある時点で「得た」と言って握りしめられるようなものではありません。修が続くかぎり、証もまた尽きることがない。だから、「すでにさとった人」にも、坐禅は要らなくなるのではない、ということになります。この「証にきはなし」を、証には修との境目がない、と受けとめる読みもありますが、どちらの読みでも、証が修を離れて一つの到達点として止まるものではない、という向きは同じです。

「修にはじめなし」。修には始めがない。これは、【3】の前半の「初心の辦道すなはち本証の全体なり」と響き合う言葉です。修が証の修であるならば、修は、証から遠い出発点から始まって少しずつ証に近づいていくもの、ではありません。初心の一坐が、すでに証の中にある。その意味で、修には、証から切り離された「はじめ」はない、と受けとめることができるでしょう。

こうして、「証にきはなし」は「さとった後も修は続く」ことを、「修にはじめなし」は「はじめたばかりの修も証を離れていない」ことを、それぞれ示している、と読むことができます。さとった人にも坐禅は要るのか、という問7の問いに、禅師は、修と証との関係そのものを示すことで答えておられるのです。

仏祖のあと(【4】答7の三)#

「ここをもて、釈迦如来・迦葉尊者、ともに証上の修に受用せられ、達磨大師・大鑑高祖、おなじく証上の修に引転せらる。仏法住持のあと、みなかくのごとし」(原文【3】【4】)。

こういうわけで、釈迦如来と迦葉尊者は、ともに証上の修に受用せられ、達磨大師と大鑑高祖も、同じく証上の修に引転せられた。仏法を住持してきた仏祖の跡は、みなこのとおりである、と。

大鑑高祖とは、中国禅の第六祖、慧能のことです(宗務庁版英訳の注による)。インドの釈尊と迦葉尊者、インドから中国に禅を伝えた達磨大師と、中国禅の六祖慧能。仏法を伝えてきた代表的な仏祖が、ここに挙げられています。

「受用せられ」「引転せらる」という言い方は、受身・尊敬のどちらにも取ることができ、読みに幅があります。宗務庁版英訳は、前者を「証上の修を受用した」、後者を「証上の修に引かれた」という意味に訳しています。

ここで心をとめたいのは、仏祖がみな「証上の修」のうちにあった、と言われていることです。釈尊も、迦葉尊者も、達磨大師も、六祖も、さとりを得たところで修行を終えたのではなく、みな証の上での修のうちにあった、と禅師は示されます。問う人の考えるように「さとったら修行は要らない」のであれば、仏祖こそ、真っ先に修行をやめてよかったはずです。けれども、仏法を住持してきた仏祖の跡は、「みなかくのごとし」、みな、証の上での修だった、と禅師は言われます。

とくに「引転せらる」を受身に読むならば、この言い方には、仏祖が自分の力で修行を引っぱっていったというよりも、証上の修によって引かれ、導かれていった、という響きがあるように感じられます。修行は、私たちがさとりをつかみとるために行うものではなく、むしろ、修行そのものが私たちを導き、運んでいく。そのような受けとめ方もできるでしょう。

妙修と本証(【5】答7の四)#

続く段落は、この答えの中でも、ことに深い言葉が重ねられるところです。

「すでに証をはなれぬ修あり、われらさいはひに一分の妙修を単伝せる、初心の辦道すなはち一分の本証を無為の地にうるなり」(原文【5】)。

すでに証を離れない修がある。私たちは幸いに一分の妙修を単伝しているので、初心の辦道が、そのまま一分の本証を無為の地に得るのである、と。

「妙修」とは、たえなる修行、証と一つである修行をたたえていう言葉です。その妙修を、私たちは「さいはひに」単伝している。仏祖から一筋にまっすぐ伝えられてきた修行を、いま私たちが受け継いでいる、というのです。【4】で見た仏祖の跡が、ここで「われら」へとつながってきます。

「一分」という言葉には、注意が必要です(→読みの分かれるところ)。ふつうに読めば「一部分」「ひとかけら」ですが、そう読むと、初心の人は本証の一部分しか得られない、ということになり、【3】の「本証の全体」と食い違うようにも見えます。宗務庁版英訳の注は、この「一分」の訳を仮のものとし、「自分の分としての、まるごと」という意味に取るほうがよいかもしれない、としています。そう受けとめるならば、私たち一人ひとりが、それぞれの身の上に、まるごとの妙修を受け継ぎ、まるごとの本証を得ている、ということになるでしょう。

そして、禅師は言われます。「しるべし、修をはなれぬ証を染汚せざらしめんがために、仏祖しきりに修行のゆるくすべからざるとをしふ」(原文【5】)。

知るべきである。修を離れない証を染汚させないために、仏祖はしきりに、修行をゆるめてはならないと教える、と。

ここは、この段の中でも、とりわけ大切な一文だと思います。修と証とが一つであり、初心の修行がすでに本証の全体であるならば、「それなら、もう努力しなくてもよいのではないか」「すでに証の中にいるのだから、修行はどうでもよいのではないか」と思う人もあるかもしれません。禅師は、そうした受けとめ方を、はっきりと退けておられます。証が「修をはなれぬ証」であるからこそ、修をゆるめてはならない。修をゆるめれば、修を離れない証をけがすことになってしまう、というのです。

「染汚」とは、けがすことです。何が証をけがすのかについては、読みに幅があります。証を修とは別のものとして求めること、証を得たものとして握りしめ、修をやめてしまうこと、あるいは、一般に分別や執着によってけがすこと。いずれにしても、修と証とが一つであることは、修行をゆるめてよい理由にはならず、むしろ修行をゆるめてはならない理由なのです。

「修証一等」の教えは、ときに「修行しなくても、もともとさとっている」という意味に誤解されることがあるかもしれません。けれども、弁道話の序にも、「この法は、人人の分上にゆたかにそなはれりといへども、いまだ修せざるにはあらはれず、証せざるにはうることなし」(本書第一回)とありました。仏法は一人ひとりにゆたかにそなわっているけれども、修行しなければ現れない。この【5】の「修行のゆるくすべからざる」という言葉は、その序の言葉と、まっすぐにつながっています。

そして、この段落は、次の対句で結ばれます。「妙修を放下すれば本証手の中にみてり、本証を出身すれば妙修通身におこなはる」(原文【5】)。

妙修を放下すれば、本証が手の中に満ちている。本証を出身すれば、妙修が全身に行われる、と。

この対句は、読み方にたいへん幅のあるところです(→読みの分かれるところ)。とくに「妙修を放下すれば」を「妙修を手放せば」、つまり修行をやめれば、と読んでしまうと、すぐ前の「修行のゆるくすべからざる」と正反対のことを言っているように見えてしまいます。宗務庁版英訳は「cast aside」(捨てる)という言葉で訳していますが、ここで何を「放下」するのかは、よく考えてみる必要があります。

一つの受けとめ方として、ここで放下されるのは、修行そのものではなく、「自分は修行している」「修行によって何かを得よう」という思いである、と読むことができます。修行を手段として握りしめる思いを手放すとき、本証は、どこか遠くにあるのではなく、すでに手の中に満ちている。また、「放下」を、妙修に身をまかせきること、と受けとめる読み方もあります。

後半の「本証を出身すれば」も、本証から抜け出ること、すなわち証にとどまらないこと、と読むこともできますし、本証が身に現れ出ること、と読むこともできます。宗務庁版英訳は、身が本証から抜け出るとき、という意味に訳しています。証を「得た」ところにとどまらず、そこから一歩踏み出すとき、妙修が全身にくまなく行われる。そう受けとめることができるでしょう。

この対句を、段階(まず放下し、次に出身する)を言うものとしてではなく、修と証とが互いに入れ替わりながら、決して離れないことを、前後二つの句で言いあらわしたもの、と読むこともできます。修を握りしめなければ、証が手の中にある。証にとどまらなければ、修が全身に行われる。そのどちらの側から見ても、修と証とは一つである、と。

序にも「はなてばてにみてり」(本書第一回)という言葉がありました。手放せば、手に満ちている。何かをつかもうとするとき、手はその何かでふさがってしまう。けれども、つかもうとする手を放すとき、手はかえって満ちている。坐禅のときにも、何かを得ようとする思い、うまく坐ろうとする思いを手放して、ただ坐る。そのとき、坐禅はそのまま証の坐禅になっている。この対句は、そうした坐禅のありようを、たいへん印象深く言いあらわしているように思われます。

大宋の禅院の見聞(【6】答7の五)#

ここで禅師は、ご自身が宋で見聞きしたことを語られます。「又まのあたり大宋国にしてみしかば、諸方の禅院みな坐禅堂をかまへて、五百六百、および一二千僧を安じて、日夜に坐禅をすすめき」(原文【6】)。

また、私が目の当たりに大宋国で見たところ、諸方の禅院は、みな坐禅堂を構えて、五百人、六百人、さらには一千人、二千人の僧を住まわせ、日夜に坐禅を勧めていた、と。

ここで禅師が語っておられるのは、理屈ではなく、ご自身の目で見た事実です。多くの僧が、坐禅堂に住み、日夜に坐禅をしていた。そこにいた僧たちの中には、すでに長く修行を積んだ人もいたことでしょう。けれども本文は、その禅院のどこでも、日夜に坐禅が勧められていた、と伝えています。「さとった人にも坐禅は要るのか」という問いに対して、この光景そのものが、一つの答えになっていると言えるでしょう。

「その席主とせる伝仏心印の宗師に、仏法の大意をとぶらひしかば、修証の両段にあらぬむねをきこえき」(原文【6】)。

その禅院の主となっている、仏心印を伝える宗師に、仏法の大意を尋ねたところ、修と証とは二つの段階ではないという趣旨を聞かされた、と。宗務庁版英訳の注は、この「席主とせる伝仏心印の宗師」を、これらの禅院で指導者と仰がれていた、法の系譜を正しく受け継ぐ師を指すとしています。

【3】で示された「修証一等」は、禅師が一人で考え出されたことではなく、宋の禅院で、法を正しく伝える師から聞いたことでもあった。そして、その師たちの禅院では、多くの僧が日夜に坐禅をしていた。修と証とが二つの段階ではないという教えと、日夜に坐禅を続けるという行いとが、そこでは一つになっていたのです。「きこえき」の受けとめ方には、わずかな幅がありますが、前後の文脈からは、宗師からその旨を聞かされた、と読むのが自然でしょう。

初心後心をえらばず(【7】答7の六)#

「このゆゑに、門下の参学のみにあらず、求法の高流、仏法のなかに真実をねがはん人、初心後心をえらばず、凡人聖人を論ぜず、仏祖のをしへにより、宗匠の道をおふて、坐禅辦道すべしとすすむ」(原文【7】)。

それゆえ、門下で学ぶ者だけでなく、法を求めるすぐれた人々や、仏法の中に真実を願う人に、初心・後心を選ばず、凡人・聖人を論ぜず、仏祖の教えにより、師匠の道を追って、坐禅辦道すべきであると勧める、と。

「すすむ」の主語を、禅師ご自身と取るか、【6】の宋の宗師たちと取るかには幅があります。宗務庁版英訳は「we recommend」と、禅師の側の言葉として訳しています。

ここで大切なのは、「初心後心をえらばず、凡人聖人を論ぜず」という言葉です。修行を始めたばかりの人も、修行の進んだ人も、ふつうの人も、聖者も、区別なく、坐禅辦道すべきである。これは、問7の問いへの、きわめてはっきりした答えです。「すでに仏正法をあきらめえん人」、つまり後心の人、聖人であっても、坐禅は要らなくなるのではない。初心の人と同じように、坐禅辦道すべきなのです。

ここにも、「仏祖のをしへにより、宗匠の道をおふて」と、正しい師の教えによることが言われています。前回までの段でも、禅師はくり返し、正師について学ぶことの大切さを語ってこられました。坐禅は、自分一人の思いつきで坐るものではなく、仏祖の教えにより、師の歩んだ道を追って坐るものだ、とここでは示されています。

祖師の言葉――得道のなかに修行すべし(【8】答7の七)#

問7への答えは、祖師の言葉を引いて結ばれます。「きかずや祖師のいはく、修証はすなはちなきにあらず、染汚することはえじ。又いはく、道をみるもの、道を修すと。しるべし、得道のなかに修行すべしといふことを」(原文【8】)。

聞いていないのか、祖師が言うには、「修証は無いのではない。染汚することはできない」と。また言う、「道を見る者は、道を修する」と。知るべきである、得道の中で修行すべきであるということを、と。

はじめの言葉について、宗務庁版英訳の注は、六祖慧能とその弟子南嶽懐譲との問答の中で、南嶽が述べた言葉を和文にしたものであり、道元禅師が深く愛した言葉である、としています。同じ注によれば、この問答は、六祖が南嶽を迎えたときに始まるもので、六祖が、それでは修や証を必要とするのか、と問うたのに対して、南嶽が答えたのがこの言葉です。

「修証はすなはちなきにあらず、染汚することはえじ」。修も証も、無いのではない。修行することも、さとることもある。けれども、それをけがすことはできない。この一句の受けとめ方にも幅があります(→読みの分かれるところ)。修証を染汚することはできない、と取るか、修証によって染汚されることはない、と取るか。また、「えじ」を「できない」と取るか、「してはならない」という含みで取るか。

ここで、【5】の「修をはなれぬ証を染汚せざらしめんがために、仏祖しきりに修行のゆるくすべからざるとをしふ」という言葉を思い起こしましょう。【5】の「染汚」と、この【8】の「染汚」とは、同じ言葉です。修と証とは確かにある。けれども、修を証のための手段としたり、証を得たものとして握りしめたりすることで、それをけがしてはならない、と読むこともできるでしょう(「えじ」を「できない」と取るか「してはならない」と取るかは、上に見たとおり幅があります)。禅師は、この祖師の言葉を、答7全体を結ぶ言葉として置いておられるように思われます。

二つめの言葉「道をみるもの、道を修す」について、宗務庁版英訳の注は、司空本浄の偈(『景徳伝灯録』所収)の初めの句を和文にしたものであり、偈の全体は、むしろ修行の必要を問うような内容である、としています。禅師は、その偈の初めの句だけを取り出して、道を見た者、すなわちさとった者こそが道を修する、という向きで用いておられる、と読めます。問う人は、道を見た者(さとった者)には修行は要らないのではないか、と問うていました。禅師は、この句によって、道を見た者こそ、道を修するのだ、と答えておられるのです。

そして、最後の一句。「しるべし、得道のなかに修行すべしといふことを」(原文【8】)。

得道の中で修行すべきである。「得道のなかに」を、得道のさなかに、と取るか、得道した上で、と取るかには幅がありますが、どちらにしても、道を得たら修行が終わるのではない、ということは変わりません。道を得たその中で、なお修行する。いや、道を得ているからこそ、修行する。問7の「すでに仏正法をあきらめえん人は、坐禅なにのまつところかあらん」(原文【1】)という問いへの、これがまっすぐな答えです。

こうして、問7への長い答えは、はじめの「修証これ一等なり」から、最後の「得道のなかに修行すべし」まで、一つの筋でつながっています。修と証とは二つの段階ではない。だから、修のほかに証を待ってはならない。だから、さとった人も修行を続ける。だから、修行をゆるめてはならない。仏祖はみなそのようであったし、宋の禅院でもそうであった。だから、初心後心を選ばず、坐禅辦道すべきである。

問8・問9「なぜ先人はこの法を伝えなかったのか」〔答8・答9〕#

問う人の問い(【9】【11】)#

問7への長い答えを受けて、問う人は、別の角度から尋ねます。「わが朝の先代に、教をひろめし諸師、ともにこれ入唐伝法せしとき、なんぞこのむねをさしおきて、ただ教をのみつたへし」(原文【9】)。

わが国の先代に、教えを広めた諸師は、みな唐に渡って法を伝えたとき、どうしてこの旨をさしおいて、ただ教えだけを伝えたのか、と。

もし修証一等の坐禅の法がそれほど大切なものであるならば、これまで中国に渡って仏法を学んできた先人たちが、なぜそれを伝えてこなかったのか、という問いです。「入唐伝法」した諸師が具体的に誰を指すかは、本文には示されていません。この解説でも、特定の人物や宗派を思い浮かべて読むことはしません。

時節のいまだいたらざりしゆゑ(【10】答8)#

禅師の答えは、ごく短いものです。「むかしの人師この法をつたへざりしことは、時節のいまだいたらざりしゆゑなり」(原文【10】)。

昔の人師がこの法を伝えなかったのは、時節がまだ来ていなかったからである、と。

「時節」の受けとめ方には幅があります(→読みの分かれるところ)。日本でこの法が受け入れられる時機がまだ熟していなかった、と取ることもできますし、仏法が伝わっていく順序として、まだその時が来ていなかった、と取ることもできます。本巻の後半でも、禅師は「如来の正法、もとより不思議の大功徳力をそなへて、ときいたればその刹土にひろまる」(本書第八回)と言われています。如来の正法は、時が来れば、その国土に広まる。答8の「時節」も、このような意味で受けとめることができるでしょう。

この答えは、先人がこの法を伝えなかった理由を、先人の側ではなく「時節」に求めています。少なくともこの答えの言葉の上では、先人を責める言い方はとられていません。

なお、宗務庁版英訳の注は、六十巻本系のテキストでは、この答えの文が大きく異なり、「昔の人師がこの法を伝えなかったわけは、昔の人に問うべきである。私は今の人である」という趣旨になっていることを挙げています。伝わる本によって、この答えの言葉が異なっていることも、心にとめておきたいと思います。本書は本山版の本文に従って読んでいます。

会せば通じてん(【12】答9)#

問う人は、さらに尋ねます。「かの上代の師、この法を会得せりや」(原文【11】)。あの上代の師たちは、この法を会得していたのか、と。

禅師の答えは、わずか一句です。「会せば通じてん」(原文【12】)。

この一句は、読み方に幅のある箇所です(→読みの分かれるところ)。一つは、「会得していたならば、(この法を)伝えたであろう」と読む読み方です。宗務庁版英訳もこの方向で訳しています。この読みでは、伝えていないのだから、会得してはいなかったのだろう、という含みが生じます。もう一つは、「会得していれば、この法に通じていたであろう」と、会得したかどうかをはっきりとは言わずに、仮定の形で答えたものと読む読み方です。さらに、「会すれば、おのずから通じる(伝わる)ものだ」と、一般的な道理を述べた言葉として読むこともできるでしょう。

どの読みを取るにしても、この一句は、先人を名指しで批判する言葉ではありません。本文には、誰のことかは示されていません。この解説でも、この一句を、特定の人物や宗派への評価として読むことはしません。

むしろ、この一句を、法というものの性質を語る言葉として受けとめることができるように思います。法を本当に会得したならば、それはおのずから人に通じ、伝わっていく。問7の答えで見たように、修と証とは離れないものでした。法を会得すること(証)と、それを行じ、伝えること(修)とが、離れない。「会せば通じてん」は、そのことを、ごく短い言葉で示しているとも読めるのではないでしょうか。

そしてこの一句は、私たち自身への問いとしても響いてきます。私たちは、法を「わかった」と思うことがあるかもしれません。けれども、本当に会得しているならば、それは、坐禅に、日々の行いに、人との関わりに、おのずから現れ、通じていくはずです。自分の会得は、自分の暮らしの中で通じているだろうか。この一句を、そのように自分に向けて受けとめたいと思います。

むすびに――さとりで終わらない修行#

この段で読んだ問答を、あらためて振り返ってみましょう。

問7では、「すでにさとった人に、坐禅は要るのか」と問われました。禅師は、修と証とを二つに分ける見方そのものを「外道の見」として退け、「仏法には、修証これ一等なり」と示されました(【3】)。初心の修行がそのまま本証の全体であり、修のほかに証を待ってはならない。証には際がなく、修には始めがない。仏祖はみな証上の修のうちにあり(【4】)、私たちもまた、その妙修を単伝している。だからこそ、修行をゆるめてはならない(【5】)。宋の禅院では、多くの僧が日夜に坐禅をし、宗師は修証が両段でないことを説いていた(【6】)。それゆえ、初心後心を選ばず、坐禅辦道すべきである(【7】)。そして、得道の中で修行すべきである(【8】)。

問8・問9では、なぜ先人はこの法を伝えなかったのか、と問われ、禅師は、時節がまだ来ていなかったからだと答え、さらに「会せば通じてん」と、ごく短く示されました(【10】【12】)。

この段で示された「修証一等」は、私たちの坐禅のあり方を、根のところから問い直す教えです。私たちはつい、坐禅を「何かを得るための方法」と考えてしまいます。そして、何かを得られたと思えば満足し、得られないと思えば焦り、あるいは「もう十分だ」と思って坐ることをやめてしまう。けれども禅師は、「修のほかに証をまつおもひなかれ」(【3】)と言われます。坐ることのほかに、坐ることの先に、何かを待たない。ただ坐る、そのことが、そのまま証である。

そして同時に、禅師は、「修行のゆるくすべからざる」(【5】)と言われます。修と証とが一つであることは、修行しなくてもよい、ということではありません。坐禅がそのまま証であるからこそ、一回一回の坐禅を、ゆるがせにしない。さとったから修行が終わるのではなく、「得道のなかに修行すべし」(【8】)。坐禅は、さとりへの道のりではなく、さとりの中での、終わりのない歩みなのです。

この段の本文が直接に語っているのは坐禅辦道のことですが、このことを、坐蒲の上だけのことにとどめずに受けとめることもできるでしょう。朝起きて顔を洗うとき、食事をいただくとき、掃除をするとき、仕事をするとき。私たちはそのつど、「これを終えたら、次のことができる」「これは何かのための手段だ」と考えがちです。けれども、修と証とが一つであるならば、一つひとつの行いは、何かのための手段ではなく、それ自体がそのまま仏道の行いとなりうる。顔を洗うことも、ただ顔を洗うこととして行うとき、そのまま修行であり、そのまま証である、と受けとめることもできます。そう受けとめるとき、日々の暮らしの一つひとつが、「まだ途中」のものではなく、そのつど完結した、かけがえのない時間として見えてくるのではないでしょうか。

はじめて坐禅に向かう人は、「自分はまだ初心者だから」と思う必要はありません。初心の一坐が、そのまま本証の全体です。長く坐ってきた人は、「自分はもう十分に坐った」と思う必要はありません。証には際がなく、修行はゆるめるべきものではありません。初心の人も、長く修行を続けてきた人も、同じように、いまこの一坐を坐る。「初心後心をえらばず、凡人聖人を論ぜず」(【7】)という言葉は、坐禅に向かうすべての人に、等しく開かれた言葉です。

次の問10では、身体は滅びても心の本性は滅びないと知ることが、生死を離れるすみやかな道だ、とする説について問われます(本書第六回)。禅師がその説にどう答えられるかを、次の段で読んでいきます。

読みの分かれるところ#

この回の範囲には、読み方が一つに定まらない言い回しがいくつもあります。主なものを挙げます。どれか一つを正解とするのではなく、読みの幅として示します。

  1. 「仏法には、修証これ一等なり」【3】
    「一等」を、修と証とが同じ一つのものであると取ることも、どちらかが手段でどちらかが目的という関係にない「等しい」ものと取ることも、切り離せない一つながりと取ることもできます。直前の「修証はひとつにあらずとおもへる」も、修と証を二つの別物と見ることとも、修が先で証が後という前後の見方とも読めます。【6】の「修証の両段にあらぬ」は、後者の含みをうかがわせます。宗務庁版英訳は「同一である」という方向で訳しています。

  2. 「いまも証上の修なるゆゑに、初心の辦道すなはち本証の全体なり」【3】
    「証上の修」は、証の上に立って行う修とも、証そのものが現れている修とも、証にもとづく修(宗務庁版英訳の訳し方)とも読めます。ただし、時間の前後(証が先で修が後)と受けとると修証一等と食い違うため、解説では、修がいつも証とともにあるという向きで受けとめました。序【3】の「証上」も、この「証上の修」と結びつけて受けとめられます。「本証の全体」も、初心の修行がそのまま本証のすべてであると読むか、そこに本証の全体が現れていると読むかで幅があります。

  3. 「すでに修の証なれば、証にきはなく、証の修なれば、修にはじめなし」【3】
    「修の証」「証の修」の「の」を、「修であるところの証」と取るか、「修に属する証」と取るかで幅があります。「証にきはなく」は、さとりに終わり(到達点)がないとも、修との境目がないとも読めます。「修にはじめなし」も、修が証から切り離された出発点をもたないとも、時間的な始まりをもたないとも読めます。宗務庁版英訳は「の」を原文の形のまま残して訳しています。

  4. 「一分の妙修」「一分の本証」【5】
    「一分」をふつうに「一部分・ひとかけら」と読むと、【3】の「本証の全体」と食い違うようにも見えます。一方、「自分の分としての、まるごと」と読むと、【3】とよく合います。宗務庁版英訳の注は、自らの訳を仮のものとしたうえで、後者のほうがよいかもしれない、としています。

  5. 「妙修を放下すれば本証手の中にみてり、本証を出身すれば妙修通身におこなはる」【5】
    「放下」を文字どおり修行を手放すことと読むと、直前の「修行のゆるくすべからざる」と逆に見えるため、修行している・何かを得ようという思いを手放すこと、あるいは妙修に身をまかせきること、と読む読み方があります。「出身」も、本証から抜け出る(証にとどまらない)とも、本証が身に現れ出るとも読めます。また、前後の句を段階(放下してから出身する)と読むか、修と証が互いに入れ替わりながら離れないことを言う対句と読むかでも幅があります。宗務庁版英訳は「捨てる」「身が本証から抜け出る」という方向で訳しています。

  6. 「修証はすなはちなきにあらず、染汚することはえじ」【8】
    「修証は無いのではないが、それを染汚することはできない」と読むことも、「修証は無いのではないが、それによって染汚されることはない」と読むこともできます。「えじ」も、「できない」と取るか、「してはならない」という含みで取るかで語気が変わります。宗務庁版英訳は「それによって染汚されることはない」という方向で訳しています。

  7. 「時節のいまだいたらざりしゆゑなり」【10】
    日本でこの法が受け入れられる時機がまだ熟していなかった、と読むことも、仏法が伝わっていく順序としてまだその時が来ていなかった、と読むこともできます。宗務庁版英訳の注によれば、六十巻本系のテキストでは、この答えそのものが「昔の人に問うべきである。私は今の人である」という趣旨の別の文になっています。

  8. 「会せば通じてん」【12】
    「会得していたならば、(この法を)伝えたであろう」と読むと、伝えていないのだから会得していなかった、という含みが生じます。一方、会得したかどうかを明言しない仮定の答えと読むことも、「会すれば、おのずから通じる(伝わる)ものだ」という一般的な道理と読むこともできます。「通ず」を「伝える」と取るか、「通達する」「人に伝わる」と取るかでも幅があります。宗務庁版英訳は第一の読みの方向で訳しています。

参考#

  • 底本:『正法眼蔵』本山版(九十五巻本)第一「辦道話」
  • 参照:曹洞宗宗務庁『Treasury of the True Dharma Eye: Dōgen's Shōbōgenzō』Vol. VII(Sōtō Zen Text Project、2023)
    • 人名の比定、引用句・ことわざの出典、六十巻本系の異文と、「読みの分かれるところ」に挙げた英訳の読みは、同書の本文・注によります。